幻想郷。人里離れた山奥の地の人里より、僅かに離れた何もない野の上で。一人の人間と、一人の妖怪が天を仰いで横たわっていた。互いに荒い息をつきながらも、その表情は晴れ渡り、一点の曇りすら見えない。「引き分け、なんてね……最後の最後にあんな特技を隠し持っていたなんて…」
「優れた手品師は技を披露する時をわきまえて居る…そう言った通りじゃない……」
「時を止めるなんて芸当、なかなか見られるものじゃないわ……さすが一流の手品師、ね……」
「お褒めにあずかって、光栄ですわ……」全力で戦った……いや、遊んだ直後だけに身体が思うように動かない。それは、二人とも同じであるようでただただ会話を交わしつつ空を見上げている。月は紅い色を失って、既に高い位置から降りつつある。
「さぁ、このまま夜明けが来れば私の勝ち……あなたは耐えられないわ」
夜明け、即ち朝の日光。それは吸血鬼には耐えられない。
「……そうね…今日はうっかりして日傘を忘れて来てしまったし。それはちょっと困るかな…」
難しい顔をして悩む妖怪少女。逆に、人間の方は妖怪にとってその悩みが日傘一本で解決できてしまう事にいささか疲れを感じていた。こんな事なら、案外自分の悩みも簡単に解決できるのではないだろうか。
「そうね……じゃあ、あなたが私を館まで連れ帰ってくれると言うのはどうかしら?」
提案された内容は、果たして妖怪少女と人間少女、何れの悩みの解決法であったのか。定かではない。が、それはどちらにとっても心動かされる提案であった。
「…私は、貴女を館の手品師兼日傘係兼メイド長として任命したい……どう?」
「……随分と魅力的な提案だけれど……その条件だけじゃあ、受けるわけには行かないわね」
「あら……何か不服でも?」
「……教育係の不在を忘れてますわ、お嬢様」それが、答えだった。
明るく輝く月の下で、静かに空を仰ぐ妖怪の主と人間の従者。この関係は、このとき始まったのだ。それが、大きな何かを動かす出逢いと言うことすら気付く事も無く。
幻想の夜に小さな郷で起こった小さな出来事。この事が、幻想郷の記憶に刻まれる事は殆どないだろう。だが、そんな出来事であっても歴史は平等にそれを刻み付ける。
……月だけが、それをつぶさに見つめているようだった。