Round Gear ―第七節―


 一瞬、夜を静寂が支配した。幻想の郷の中空に舞う、二人の少女。かたや傷付いた全身を引き摺るように、自らの身を支えている少女。かたや傷付いた精神を包み込むように、自らで自らの身を抱くようにする少女。
 ……夜を支配している者は、いずれでもなかった。

「……さすが、ね…」

 ようやく漏れた一言は、何れの少女の口から漏れたものであったのだろうか。互いにそれぞれ傷付いたものをおして、最後の勝負に打って出る。先に動いたのは、レミリアのほうであった。

「これで、手品大会も終幕よ……最後にとっておきの魔法を見せてあげる!」

 言葉と同時に、周囲が紅く染まる。空も、星も、月も、山も、大地も。……紅い魔法。そう表現するのがまさに正しいものであると言うが如く、それは世界を紅く、紅く。
 ……月はその高さを少しずつ上昇させ、いまやその位置はかなりの高度に達していた。月は妖怪に力を与える。今は彼女の力も絶頂に近いものと考えて良いだろう。だが、まだ絶頂ではない。
 紅に染まる世界から、より紅い力の結晶が尾をひいては迫って来る。その軌道は見えない何かに反射しては空間を埋めて行く。……目に見えない何か。それは、この魔力が人間の郷に影響を与えぬように区切られた、結界であった。それを見て、人間である彼女は確信する。目の前の妖怪少女は、純粋に自分と遊ぶためだけに毎晩此処を訪れていたのだ、と。
 思わず、笑みが漏れる。触れれば散ってしまうだろう強大な妖力の渦中にありながら。得物である刃は既に一本たりともその手に残っていない状況でありながら。恐らくはレミリアも笑っていることなのだろう。今行われているのは、生命をかけたやり取りではない。いや、それに生命がかかっているのかも知れないが、そんな事はどうでも良い。二人の間に存在しているのは、純然たる遊びである。それ以上でも、それ以下でもない。

「ほらほら、当たらないわよ!どうしたの?」
「そんなこと言ってられるのも今のうちよ!見てなさい!」

 少女達の声が弾む。互いに限界は近いはずなのに、そう言った素振りは全く見せない。見せないのではない。感じないのだ。妖怪の少女、人間の少女。そこには、そう言った区別はもはや存在していない。少女達の純粋な想いが、夜を埋める。
 月が、昇る。それは、少女達の紅い魔法をより一層華麗に激しく合図でもある。ナイフと言う攻撃手段を失くした彼女はひたすらにこの弾幕を避けることだけが抵抗手段であるし、月の力を得たレミリアはなお一層苛烈な弾幕を展開して行く。宴の頂点は、近い。
 左右から挟みこむ様に、魔力が迫って来る。それを気合で退け、次の襲来に備える。先に避けた魔力の残滓が拡散し、更に動きを制限する。組み上げられる世界は綿密な計算に打ち立てられたように美しく、そして、殺意すら覚えない恐ろしさに満ちている。それが、幾重にも重なり、そして濃度を増して行く。
 ……月が、天に昇る。紅く、紅く。真紅に染まった月はその晩、最高の輝きを目指して天を極めんとする。
 およそ、あと、十秒。
 九、八、七、六、五、四、三、二、一、

――時よ、止まれ――

 全ての動きが、停止する。紅の世界にあって、たった一人だけの孤独。妖気と霊気に晒され、傷だらけとなったその身を引き摺って、少女は。
 …レミリアと名乗った妖怪。運命を操るという少女。止まった時の中で笑いながら涙する少女を、強く抱きしめる。その傷付いた運命の歯車を、愛おしむように。

 ――そして、時の歯車は、動き出す――

 

 


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