「こんばんは、今日の気分は?」レミリアが、何時ものように訪れた。その声と科白は本当に子供のように幼い。事実、その外見も中身も子供のままであるのだろう。だが、その半面。判るものには判ってしまう圧倒的なその妖力と、或いはその種に刻まれたプレッシャーに似た威圧感が彼女を襲う。
月はまだ、かなり低い位置にある。その光もまだ、強くはない。…しかしながら、その色を見て彼女は軽い戦慄を覚える。
―血のように、紅い月―「…見ての通り、今日の月は私に味方している。…だからあなたになら、遊ぶ前から結果はわかっちゃうかもね」
そう言った言葉で綴られる、死の宣告。宣告書を彩るは、星の光で刻まれた署名と真紅の月の血判。少女にとって人間如きの生命とは、如何様な意味を持つのだろうか。
「……余計なお喋りもここまでよ。今夜で終わりにしてあげるわ」
「あ、日本語を間違えてる。『終わりにされる』の間違いじゃない?」
「『する』であってる。『される』は受身の形だから…って、誰かに教わらなかった?」
「うちには知識人は居るけど、そう言う事は教えてくれないからなぁ…」
「それは問題ね。良家のお嬢様が正しい言葉遣いも知らないなんて…教育係が必要だわ」
「あら……」レミリアが微笑む。その微笑みは悪戯に成功した少女のようでもあり、また齢を重ねた女性の妖艶な笑みのようにも見えた。小さく尖った歯を覗かせつつ、こう続かせる。
「じゃあ、あなたがいいわ。私の家に来ない?」
「え………?」
「運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットの名に於いて。貴方を、我が館の使用人として召抱えたい……どうかしら?」それは、確定された勝者の余裕とでも言えば良いだろうか。突如の提案に、さしもの彼女も戸惑いを隠せない。―提案をのめば、少なくともここで命を失うことはない。しかし、そのまま受け容れる事は、彼女の誇りが許さない。自ら敗北を受け容れて助けを請うような事は、一体何処が瀟洒であると言えるのだろう。
……瀟洒。そう、彼女はそうあるべき存在。ならば答えは既に決まっている。「…残念だけどお断りするわ。今の職業が嫌いなわけでもないし」
「…好きなわけでもないんでしょう?どうせ他の人と関わりを持たないんだったら、どちらもあんまり変わりはないわよ?」胸が軽く疼く。
運命を操ると言った目の前の少女。なら、自分の運命を変えるくらい、出来るのだろうか。
…迷いを振り払うように、高らかに宣言する。「私は魔に満ちた夜を裂く存在……情けをかけられる筋合いはない!」
声を上げつつ、素早くナイフを構える。そして、自分から動いて行く。今夜で、総て終わりにしよう。
先ほどよりも高く紅く輝く月を背に、レミリアと言う名の少女は呟く。「……それを情けと思ってしまうあなたの運命は、既に決まっているのではないのかな……?」
紅い夜が、始まった。