たったったったったっ…………
午後の家政部室。
春の穏やかな陽の光の下で、暑さに弱い家政部部長はこれからのシーズンに向けた氷菓子の開発に勤しんでいた。
構想は色々あるが、一般向けするのはどんなものだろう……
とりあえず、最近少々気になってきたお腹周りの事も気にしつつ、甘さ控えめにするにはどうしたら良いだろうか、などと考える。
考えに耽るその耳で規則性のある音を捉えた時、それはまさに質量をともなった声が部屋に飛び込む瞬間の事であった。「レティせんぱ〜い!」
がしっ!
不意を食らうような形で後ろから誰かに抱きつかれる。よりにもよって、その手はお腹周りに回されているようだ。
………2センチ増えていることに気付かれはしなかったかと思いながら、レティはなるべく落ち着いて声をかけた。「……もう…お料理をしている時には邪魔しないで、ってこの間も言ったじゃない……リリー?」
リリーと呼ばれた少女は、顔だけレティに向き直る。勿論、腕はレティの胴体にまわしたままだ。
「え、でも、この間は何時でも遊びに来て良いって言ってくれたし……」
「遊びに来ても良いから、邪魔はしないで欲しいんだけどね…?」
ちょっとだけ語調を強めたレティに、さしものリリーもようやくレティから離れる。
……と思ったのも束の間、今度はレティのエプロンの端を弄り始めた。全くこの子は、何かに触っていないと落ち着かないのだろうか。「…ところで」
「…?」
「何のためにここに来たのかしら?しっかりと商売道具は持ったままみたいだけど」
「あぁ、せんぱい、よくぞ聞いてくれました!」リリーホワイト、彼女は写真部に所属している。
『期待の新星』と呼ばれるだけあって、流石にその腕前は素晴らしい。更に、行動力も抜群である。
……が、どうも時々オーバーヒートしてしまう事があるらしく……それが玉に瑕と言ったところだろうか。
まぁ、オーバーヒートしてなくても、常にオーバーヒート状態であるのだが。「……でですね、私ったらそのときなんにも気がつかなくって、それで仕方なくって……」
兎も角彼女は良く喋る。止まらない。止まるのは眠る時とカメラを構える時くらい。
それくらいに喋るし、その内に伝えたい事が高揚しすぎて何を言っているのかわからなくなってしまうらしい。「……あの、えっと、だから大きな羊さんが飛んでるんですよ!すごいじゃないですか!」
「えぇ、そうだけど羊は空を飛ばないわ。で、何の用だったっけ?」今回もどうやら腕をパタパタしながら(当人は空を飛ぶ羊のジェスチャーをしていたらしい)力説し始めたので、流れを戻してみた。
最近良く家政部室にやって来るので、レティも彼女の扱いにだいぶ慣れてきたようではあるが。
「……なるほどね、新しい被写体、か……」
「そーなんですよ、なんて言うかもう、熱くたぎる青春、って感じの!そう言う人、誰か居ませんか?」
「そうねぇ……って、何でわざわざ私のところに聞きに来るわけ?」
「だって、先輩『お菓子の黒幕』だし……いろんな部活に顔出してるじゃないですか。だから、知ってるかなぁ、って」『お菓子の黒幕』と言うのは、何時の間にか定着した学園でのレティの通り名である。
学園での他の部活動に顔を出しては、お手製のお菓子で応援して励まして去って行く。
しかも、何故か応援された側もその後の大会や研究で大きな成果を上げるのだから、不思議である。
そう言った事も手伝ってか、黒幕などと言う不名誉な通り名が付いてしまったのではあるが……
「たとえば、最近先輩が出入りしてるサークルで誰か青春な人とかって、居ませんか?」
「そうねぇ………」思わず首を捻る。最近レティが出入りするサークルと言えば……
「……魔術同好会、とか?」
「ん〜、魔術同好会ですかぁ………?」
なんとなく、訝しげな顔でリリーが首を傾げる。胸元で揺れるカメラと栗色の長髪が一層可愛らしい。「なんか、暗そうで嫌な感じなんですけど……」
「暗そう?」
「だって、真っ暗な部屋で大鍋で薬を作ったりとか、そんなのをやってるみたいな感じじゃないですかぁ…」
「まぁ、そうなんだけどね」
ふふ、と笑いながらレティが言う。「ねぇ、あなたの言う青春って」
「…?」
「どう言うことだと思うかしら?」
「えー、なんていうか、こう、色々とぶつかり合うみたいな感じで……」リリーは両手をぱしん!と打ち合わせてそう言う。
「ぶつかり合う、ねぇ………」
「そーですよ、先輩もそう思いませんか?」
「あなたには、そう見えるかもしれないけれどもね……」そこで一息切ってから、続ける。
「霧雨さん、って知ってるかしら?魔術同好会の会長なんだけど」
「霧雨……先輩ですか?私は知らないです………」
「あの子なんか、いいんじゃないかしら。きっと何か、見方が変わるわよ?」
「………私を取材するって言うのか?」
「はい!魔術研究会の会長で、今注目株一番の霧雨先輩にぜひぜひ取材させていただきたくって!」
「…と言われても、なぁ……今学園で注目の的、『期待の新星』リリーホワイト君には負けると思うぜ?」
「…え?先輩、私のことご存知だったんですかぁ?」
「ん、まぁな。これでも情報蒐集は欠かさないようにしてるもんでね…で、取材といわれてもな………」ちょっと困ったような顔で頭を掻く魔理沙。それもそのはず、昼食で混み合う食堂でこんな事を大声で語り掛けられれば照れもする。
リリーは明らかに周囲の視線を気にしていないようだが、魔理沙もまた平然とパスタ(大盛り)を平らげながら返答する。「そうは言われても、今日は別に魔術研究会の活動をするわけじゃないし……ちょっと予定もあるからな」
「え、そうなんですか……?でも、今日は土曜日で………あれ、わたし、変な事考えてます?」そう、今日は土曜日。午後は休みなので、部活動をやらないなら食事など取らずに帰宅する者が大半だ。
「ん、まぁ、その通りなんだが。私は普通に用があるんでね……ついて来たければ来てもいいけど、あんまり面白くはないと思うわ」
「そうですか……じゃあ、どこまででもついて行きます!」
「ん、そうか。じゃあ、とりあえず食べ終わるまで待っててくれるか…?」
「はい、じゃあ、その食べてる様子を一枚撮らせてください!」なお、リリーの撮影ノートによると、パスタを平らげた後には更にデザートとしてプリンも平らげていたらしい。
『精力的な活動にはエネルギーが必要』と言うコメントのついたその写真には、何とも幸せそうな魔理沙の表情があったと言う。
「へぇー、ここが図書館ですかぁ……」
「ん、来た事ないのか?」
「だって、本をゆっくり読んでるくらいでしたら色々と見てたほうが楽しいですし!」学園の誇る大型図書館。
その蔵書の数は数千とも数万とも言われており、秘める価値は全くの未知数で実体も不明である。
……まぁ、単に蔵書管理が行き届いてないだけとも言うのであるが。「わぁ〜、すごいですね、この本!表紙は綺麗だし可愛いし……でも、中身は字がいっぱいで……」
「あー、もう一度言うが此処は図書館だぜ?」
「そうですよねー、本がいっぱいです〜」
魔理沙のささやかな努力むなしく、リリーは初めて入る本の世界に舞い上がっていた。
……図書館内では静かにすること、と言う張り紙の切なさは、こう言うときに痛感される。
「あ、この本もいいかも………うわぁ、絵本だ♪」
「ちょっと、そこの集団!」
「……?」
「みんなの図書館で暴れない!」書架の陰から、注意するか細い声が聞こえた。……何とも、声は上がっているのだがよわよわしい感じがする。
……姿を現した声の主は、白い肌に蒼い髪の似合った図書委員らしき生徒だ。
よく見ると、胸に着けた図書委員札に『パチュリー・ノーレッジ』と名前が書かれている。
「……別に私は暴れてないぜ?」
「…なによ、あなた、また来たの……?図書館では静かにして欲しいんだけど」
「また来たぜ。つーか、この本を返しに来たって言うのにその態度はないんじゃないか?」
「返しに来たって言ったって……もう返却期限を3日も過ぎてるじゃない」
「3日くらい大目に見てくれって……この間の5日よりはよっぽど早いんだし」
「遅れてる事態良くなんかないわよ!」……ついつい大声を上げてしまい、はっと我に変える図書委員。
だが、そもそも声の小さな彼女のこと、その声を気にするほどの人も居ない。
「……あんまり身体が強くないんだろ?無理に職務遂行しなくたっていいんじゃないか…?」
「そうは行かないわよ。あなたみたいに期日を守らない人が居るんですからね!」
「はいはい……ま、そう言うわけでこの本は返すぜ?」
「最初からきちんと返してくれればいいのよ………って、何、これ?」
「購買のパンだが?」
「そう言う意味じゃなくて……なんでそんなものを一緒に返してくるわけ?」
「どうせ今日も昼食抜きでいるんだろ?そんなんだから身体が強くならないんだと私は思うんだが」
「…余計なお世話よ!用がないなら帰ってちょうだい!」
「はいはい……用はあるけど帰る事にするぜ。リリー、行こう」
「え……あぁ、はい!行きます〜」リリーは呼ばれてようやく我に返る。カメラを弄っているときには、彼女はすっかり我を忘れてしまうためだ。
今も薄暗い図書室で上手に撮る為に、色々と設定を弄っていたところであったらしい。
……もっとも、実際に撮影したりすれば目の前の図書委員に『図書室は撮影厳禁!』と怒鳴られていただろうが。
かき回すだけかき回して去って行く二人の姿を見ながら、パチュリーはふとため息をつく。
返された本と押し付けられたパンを手に、ふと呟く。「まったく……結局、パンも返しそびれちゃったし……………あら?」
返された本を良く見る。
痛んだ本……貸し出した時には、すっかり傷だらけで破れたページもあったはずだ。そもそもページが全部外れてしまっていた。
だが、この返された本はと言うと、古びた感じはそのままだが、すっかり綺麗になっている。少なくとも本としての体裁は取り戻していた。「……!」
慌てて背表紙をめくる。何かの予感がした。
貸し出しカード入れのポケットに、小さく折りたたまれた紙切れが入っている。
……それを、開く。
『返すの遅れて、すまん』そうとだけ書かれた一枚の紙。
手元にある、購買の苺クリームパン。
なんだろう、なんだか、とてもおかしな気分になってきた。
「なに、考えてるのかしら…私……」そう、それは何だか馬鹿げた事。
本一冊のために、何でただの図書委員の私がそこまでしなくてはいけないのだろう?
そう、思いながらも既に意思はしっかりと決まっていた。「あとで、魔術研究会に行ってみよう……もう一冊貸しっぱなしの本があったから、返してもらいに行かなきゃ…!」
口に出してしっかりと自覚する。
そうしなくちゃ、そうやって自分に理由を聞かせなくちゃいけない気がしたから。
「……で、次は何処へ行くんですか?霧雨せんぱ〜い?」
「んー、そうだな……生徒会室で霊夢でもからかって来るか?」
結局この日、プリンを食べる魔理沙以外の写真をリリーが撮る事はなかったようだ。
だが、来週もまた霧雨先輩について行こうかな、とリリーは思っていたのだった。
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あとがきよりも言い訳に近いもの
あぷらじ支援に書こうとしたのですが、時間が足りず書けなかったものです。
まぁ、そもそも短くするつもりだったのでこんな感じですが。微妙……さて、これは見ての通りほんのひなんじょのAZさんの東方学園ネタを利用したSSです。
いや、再公開→リリーのキャラに惚れる→あぷらじが近い→支援物資に……と思ったのですが。
まぁ、数日でネタを練る暇もなかったので、お得意の気の向くまま文章になってますけれども。
え?誰支援の予定だったかって?
それは、レティですよ、勿論(汗
ですが、読み返すと明らかに魔理沙支援です。うーん、何処で変わったんだろう。
テーマは、まぁ、『飾らない格好よさ』と言うことで。飾ってる気もしますが。
SSとしては途中で色々なキャラに視点が移ってるので読みにくいことこの上ないと思いますが。
まぁ、本当に気の向くままに書くとこうなるのですよ……私の場合。
一人称視点での文章を書くほうが得意なものですから…要精進。
そもそも、書き始めた時点で魔理沙を出す予定なく書いてましたしね……もうちょっとプロットすれば良かったでしょうか。
さて、見ての通り中盤以降は何処かで見た展開の焼き直しです。
まぁその程度の価値しかないんだよ、と言うことで。
折角AZさんの設定を利用させて頂いてるんだからもう少しきちんと書きたかったですけれども、ウデが鈍ってます。
昨日のあぷらじに出してたらあの良質支援物資に完全に負けてたこと請け合いですね^^;なお、ちょっとした付加設定を補足。この辺はAZさんの設定とは別口ですので。
・学園は私立なので土曜日でも授業があります。午前中だけですが。
・苺クリームパンは購買の人気メニューです。特に、このパンを買いにわざわざ購買にやってくる職員が居ることでも有名です。
・学園には食堂も併設されています。値段はリーズナブルで、しかもおばちゃんと仲良くなると顔パスで大盛りサービスが付きます。
それにしても、高校生活…懐かしいなぁ……(遠い目2004/05/22 KOR