「……よぅ。」
普通の魔法使い、霧雨魔理沙が博麗神社を訪れたのは、日も明けやらぬ未明の事だった。
無理矢理叩き起こされた形になる博麗霊夢は、寝巻きのまま縁側へと進み出る。
まだ日の出ぬ時間。冷え込みは厳しいが、あまり気にしていないようである。
「……何しに来たのよ、こんな時間から。」
「何って、今日は何月の何日だか知ってるのか、お前?」
「当たり前でしょ、今日は睦月の一日。元日よ。」
「…だったら、お前こそ何かしら準備したらどうなんだ?巫女が寝正月とは縁起悪いぜ?」
「どうせ構わないわよ。参拝客なんて殆ど来ないんだから……ふあぁ…」
「…まったく、呑気な巫女もあったもんだぜ。」
微笑ましい会話を交わしつつ、霊夢は自室へ戻り巫女服へと着替えを始める。
魔理沙はと言うと、その間に勝手に庭掃除を始めた。随分と殊勝な心掛けである。
「…さぁてっと……あれ?庭掃除やってくれたの?」
「ん、まぁな。待つ間も暇だったし。」
「……って、あんた。何処から会話してるのよ?」
「…見ての通り、鳥居の上だが。」
「まったく、バチ当たりね…」
見れば黒い装束が、鳥居の上でひらひらしている。
空もようやく白み始めた折、あんな所に留まる烏も居ないだろう。
「なぁ、こっちに来ないか?」
「……私は忙しいの。今日は元日なのよ?」
「参拝客が殆どないって言ったのは何処の誰なんだよ。」
「…まぁ、それはそれよ。」
「…………まぁ、それはそれなんだな。」
「ええ、それはそれ。」
「……隣、空いてるぜ。」
「じゃあ、遠慮なく。」
直立した姿勢より、すっと足が地を離れる。
そのまま垂直に、そして斜めに、不思議の力が巫女の身体を運んで行く。
「そろそろ、頃合だぜ?」
「……雲が多いわね…」
音もなく鳥居に降り立った巫女と魔法使い。
その眼の向かう方向に、一つの輝きがあった。
だが、その輝きは厚い覆いに遮られ、直接その姿を見ることは出来ない。
「……今年は残念でした、って事かしら?」
「いや、まだもう少し見ていないか?」
「……まぁいいか、それくらい。」
そして声もなく、ただただその場で二人、覆いの向こうの輝きを見つめ続ける。
輝きは徐々にその高さを増し、やがて厚い雲の切れ間から本来の姿を表した。
…世界が赤く染まり、そして今年初めての命が吹き込まれて行く。
「ようやく、ご来光だぜ。」
「……えぇ…」
今年もまた、世界が動き始める。
何が起こり、何が起こらないのかは誰も知らない。
その火蓋を切った一筋の光。幻想郷に今、新しい時が訪れた。
「…あのさ、魔理沙………」
「ん?」
「…今年も、宜しくね。」
「……ああ、こっちこそ、な。」
朝日に染められた少女達の紅い頬。
日が昇るにつれてその色もまた、何時も通りに戻っていくのだろう。
「……さて、じゃあ私が最初の参拝客になってやるかな。」
「…あら、今年最初のお客様?」
「ああ、そうだぜ。代わりにちゃんと甘酒くらい出してくれよ?」
「まったく、我侭ね…」
「お前さんには負けるぜ。」
幻想郷の一年が始まった。
今年もまた、何が起こるのかはわからない。
…だが、何時もどおりの年であることは間違いない。
平和な楽園は、今年もまた平和な楽園であるのだ。
2003.12.31
かなり使いまわしな雰囲気濃厚ですが。
夢想異伝表紙の霊夢と魔理沙のモデルに、夢想伝の鳥居を合わせました。
背景の日の出の空はterragenで描いてPhotoshopで合成。
雰囲気だけでも感じられればいいかな、と。